「へんしんっ!」
私は大人の姿に変身し、杖を構えた。
ビュウッ!
と音をたてて疾風が吹き荒れ砂煙が舞う!
「!」
そのあまりの強さに、思わず目をとじる。
「フェザーストーム!」
声のした方向を向けば、猫の生首にコウモリの羽根をつけたような奇怪な生き物が宙に浮かんでいた。
つまりこいつが、この嵐を作り出している元凶――。
呪文とともに羽根を羽ばたかせ、学校を壊そうとしているのだ。
「出たわね、ジュエルモンスター!!」
私は風圧に負けないよう、今一度目をこじ開ける。
「あなた達の好きにはさせない! 学校は、私が護るっ!!」
私は全身のエネルギーを集めて呪文を唱えた。
「サイン!」
真紅の炎が奴目掛けて飛んでいく。
しかし奴はそれを「ひょいっ」とよけ、
「エアロカッター!」
その羽根で今度は空気の刃を生み出した!
…かっこつけて英語で言ってるけど、要は「かまいたち」だ。
私もそれをかわし次の呪文を唱え――突如背中を襲った痛みに、がっくりと膝をついた。
――なっ!?
奴は目の前にいるのに…何故?
まさかさっきの「かまいたち」が…ブーメランのように戻り、背後から私を襲ったのか…!
どうやら図星だったらしい。奴はその口元を、「にいっ」と笑みの形に歪めた。
「…こんのぉ!」
私は悔しさをバネに立ち上がる。
ここから先へは一歩も行かせない!
だって校舎の中には、りす先輩とまぐろくんが居るんだから!
「コサイン!」
私は再び呪文を唱えた。今度は吹雪が、そいつに向かう。
奴は再び「ひょい」とかわす。
…だか、遅いっ!
そのスキをついて、私は奴の後ろに回った。
「今のはオトリよ、パーミテーションッ!!」
「――ッ!」
奴は七色の光に貫かれ、断末魔の悲鳴を上げて消しとんだ。
後に残るのは、無垢に輝く宝石だけ。
何故かは分からないが、奴らは死ぬと宝石になる。
…だから私達は、奴らをこう呼んでいる。
「ジュエルモンスター」と。
「はぁ、はぁ…」
私は吐く息も荒いままそれを拾い上げた。
…いや~実は私、これを宝石店に売り飛ばしてるんだよね~♪
おかげで毎日お小遣いガッポリ♪
このままこの生活が続けば、一生遊んで暮らせそう♪
なんにしてもラッキー☆
…ンなわけないでしょっ!!
でも一度だけ、奴らの死骸を宝石店で見て貰ったのは本当だ。
売り飛ばす為じゃなく、これらが本当に本当の宝石なのか鑑定して貰いたかったからなんだけど…。
示された金額に、理性が崩れそうになった…。
ああ、あのお金があればアレもコレも買えたのに…。
あの時は涙を堪えて「売りません」って言ったんだよ…。
本当に辛かった…。
でも、良いの。
いつかこれらの宝石が、私を決戦の地へと導いてくれる――。
そんな気がするから。
――と、そんな事より…
「あんどうりんごくーん!」
「りんごちゃーん!」
りす先輩とまぐろくんの声だっ!
私は急いで物陰に隠れた。
いや別に、変身したからといって「正体がバレたら困る」というわけでもないんだけど…。
大人になった私の姿を、あの二人に見られるのはまだ恥ずかしいのだ。
とにかく急いで変身を解いて、二人の前に出た。
「おぉ! りんごくん、無事だったか!」
りすのような熊のような着ぐるみの上に白衣を来た長身の男が、私を見て言った。
「りす先輩もご無事で何よりです」
「ボクもびっくりしちゃったよ、まさか授業中にジュエルモンスターが現れるとはねっ☆」
前髪で瞳を隠した少年、まぐろくんが陽気に言った。
「…本当よね」
「でも一番びっくりしたのは、それを見たりんごちゃんが血相を変えて教室を飛び出しちゃった事かな?」
「…ごめん」
だって、二人を巻き込みたくなかったんだもん…。
「でも、二人が無事で本当に良かった…!」
「ボクは大丈夫☆ボクにはこれがあるからっ♪」
まぐろくんは学ランの中からけん玉を取り出した。
「りんごちゃんがいなくなった後、教室に別のジュエルモンスターが現れたんだけど…」
「えぇっ!?」
って事は、さっき校庭にいた奴は「オトリ」だったってわけっ!?
くっそー!
まぐろくん達に危害が及ぶ前にジュエルモンスターをやっつけたかったのに!
私が校庭で戦っている間、他の場所にも出現していたなんて…!
あんどうりんご、一生の不覚ッ!
…しかし、何故かまぐろくんはにっこり笑い、
「でも、このけん玉で追い払っちゃった☆」
「…え、そうなの?」
ジュエルモンスターを倒せるのは私だけだと思っていたけど…。
まぐろくんって…意外とたくましいかも?
「うん。追い払っただけで倒せなかったけどね。教室の皆は無事だよ」
「良かった…ありがとう、まぐろくん」
「うん。…ちょっと手元が狂って窓ガラス一枚割っちゃったけどね、てへ☆」
「…え、そうなの?」
って事は、今頃教室ではガラスの破片掃除か…。
大変な事になったな…。
「りす先輩なんか凄いよ! 薬品を『ドッカーン!!』と爆発させて、襲い来るジュエルモンスターを教室の壁ごと粉砕しちゃった☆」
「ええ~っ!!!!」
な、なんという事を…!
……何か、学校を壊してるのはジュエルモンスターじゃなく、この二人のような気がして来た……。
「あんがーッ!!」
ああ!
りす先輩がご乱心!
なんか目が(着ぐるみなのに)血走ってるよ!!
「…あんの忌々しいジュエルモンスターどもめぇ! 私の学校を襲いに来るとは、良い度胸だ! …今に見ていろ、貴様ら全員ここで粉砕してやるっ!!!!」
「せ、先輩! お気持ちは分かりますが、少し落ち着いて下さいっ!!」
薬品の入ったフラスコを二つ取り出した先輩に、私は慌てて「待った」をかけた。
きっとこの場で薬を混ぜて爆発させる気なんだわっ!
「…何故止める、りんごくん!!!」
「奴らはもう去りましたっ!」
「だがまたここを襲いにやって来るだろう! …そうなる前に、私の偉大なる愛の力で奴らを根こそぎ粉砕するのだっ!!!!」
いやいや、愛と化学は何の関係もないですから!!
「分かりました、先輩の愛は偉大です! ですから少し落ち着いて下さい! このままじゃジュエルモンスターどころか、学校まで粉々になってしまいますっ!!」
「……」
先輩の手の動きが止まった。
…良かった、ようやくわかってくれたみたいだ…。
私はホッとして先輩から離れた。
…しかし…
「戦に犠牲は付き物だ!」
言って再びフラスコを持った手を動かしはじめたので、私はまた慌てて止めに入る。
「あ~っ、もうっ! 誰か先輩を止めてぇっ!!」
「…ふ~ん」
「ちょ、まぐろくんも見てないで手伝ってよ!」
「いや~なんか二人の漫才見てて面白いなァって」
…ま、漫才だぁ?
こっちは必死なのに…ッ!
私の中の何かがキレた。
「…いい加減に…しろォオッ!!!!!!」
私は手にしたりんごのマスコット(兼変身用アイテム)を二人に向かって投げつけた。
「ぐぉおぉぉっ!!」
「厳し~いっ!」
二人はそれぞれ悲鳴を上げ、その場に倒れた。
「二人共! いい加減にして下さいっ!!」
私は倒れた二人の前で仁王立ちした。
「すずらん商店街は今、未知の生物に襲われてピンチなんですよっ!?」
それなのに――
「まぐろくんはのん気過ぎ、りす先輩は力み過ぎですっ!!」
先輩は少しよれよれしながら上半身だけを起こした。
「…何を言う、りんごくん。奴らの力は恐ろしく、そして強大だ。今の内に倒さねば、被害は拡大するばかりだ!」
「そりゃそうかもしれないですけど、今ここにいない相手をどうやって倒すんですかっ?!」
「…ぐぬぅ…」
ようやく状況を理解してくれたのか、言葉に詰まるりす先輩。
それを見たまぐろくんもヒョコッと上半身を起こし、
「先輩も落ち着いてくれたみたいだし、まぁ、これで一安心だよね?」
「…だから、あなたはもう少し危機感を持ってってば…」
私の熱意は、ちっとも伝わっていないのだった――。
「…まぁいいわ。二人が無事だったんだから、結果オーライよね」
私の独り言に何故か苦い顔をするりす先輩。
「ぐぬぅ…りんごくん、我々の事は良い…それより、キミは大丈夫なのかね?」
「何がです?」
「ケガをしているじゃあないか」
「――え?」
いたっ!
言われて初めて私は、背中に傷を負った事を思い出した。
「…ああ、やはり。身体の痛みを感じていなかったという事は…。りんごくん、本当に力み過ぎているのは、キミの方ではないかね?」
「…どうやらその様ですね」
私は素直に負けを認めた。
痛みが酷くて、最早立つ事もできない。私はへなへなとその場に崩れ落ちた。
「…大丈夫、りんごちゃん?」
「…まぁ、なんとかね」
今こんなに痛いのは、今まで感じていなかった分の痛みも重くのしかかっているからだ。
別に骨が折れたわけでもないし、血ももう止まっている。
「しばらく休めばなんとかなるから、平気よ」
「…分かった、でも休むならここじゃなくてちゃんと保険室へ行った方が良いよ。ボクが送っていくからさ」
「あ、ありがとう、まぐろくん」
まぐろくんが肩を貸してくれたので、私は何とか立つ事ができた。
それを見た先輩は何故か「うんうん」と頷き一言。
「愛だな」
全身が「カーッ」と熱くなる。
「ちょ、先輩もそんなところで見てないで何か手伝って下さいよ!」
「…手伝うって、何をだね?」
「…それは――」
しまった、気恥ずかしさを誤魔化す為にテキトーに言ったセリフだから何も思いつかないっ!
「おぉ! そうだ、忘れるところだった!!」
先輩は白衣のポケットから「それ」を取り出した。
「…先輩、それは――」
いぶかる私に先輩はきっぱりと、
「『それは』って、ジュエルモンスターの死骸――すなわちジュエルだよ。りんごくん、これを集めているんだろう?」
あまりにあっさりと言われたので拍子抜けした。
「それはそうですけど――どうして先輩が持ってるんですか?」
「…りんごちゃん、ボクの話聞いてなかったの?」
しかし答えたのは、りす先輩ではなかった。
「…ほ、本当に化学の力で教室の壁ごとジュエルモンスターを抹殺したんですね…」
感心したような、あきれたような複雑な心境で私はつぶやいた。
着ぐるみで登校している事といい、やっぱこのヒト最強かも?
色んな意味で。
「…あ、ありがとうございます」
とりあえず私はジュエルを受け取り、制服のポケットに入れた。
大事な事なのでもう一度確認しよう。
ジュエルモンスター。
それは一週間前からここ、すずらん商店街に現れ始めた謎の生き物達の総称だ。
奴らは物を壊したり人に怪我をさせたり、迷惑極まりない行為をして消える。
その目的も正体も、まだ分からない。
誰かが生み出した生物兵器なのか、あくまで自然発生したものなのか――。
いずれにせよ、私は必ずこの事件の元凶を消し去って、平和な学校生活を取り戻してみせる!
強い決意を胸に、空を仰いだ。
空はまだ、平和の象徴――青をたたえていた。
クス クス クス クス クス クス クス …
どこともしれない闇の中、不敵な笑みを浮かべる一人の少女がいた。
漆黒のドレスをその身に纏い、その手には色とりどりの宝石たちが握られている。
彼女はたっぷりある栗色の髪を後ろで一つに結わい、金無垢の瞳に暗い光をのせて、月に写った場面を見ていた。
「…フフ…あんどうりんご…ボクの創ったジュエルモンスターをことごとく倒しちゃうとは、なかなかやるね。…でも、ゲームはまだまだ、これからだよ…」
言ってその口元を「にぃっ」と笑みの形に歪めたのだった。
彼女が見据える別の月には、赤い布地に丸い目玉の描かれた帽子を被った、金髪の少女の姿が映っていた…。