「へんしん!!」
私は隠し持っていたりんごのマスコットを掲げて大人の姿になった。
それに合わせてマスコットも杖へと変化した。
「いくわよ、ジュセルモンスター!!」
「それはこっちのセリフだ、いくぞー、アースエイク!!」
「うわぁッ?!」
スイカ男が呪文を唱えると、それに呼応するかのように建物が揺れ始めた。
「これはまさか・・・地震っ!?」
「はーっはっはっは! どうだ参ったか、あんどうりんご! このまま揺れを激しくして、この建物ごと貴様を抹殺してやる!!」
「――そんなことさせるモンですか、コサイン!!」
私も負けじと呪文を唱え、吹雪を奴目掛けてぶっ放した。
「フン、甘いな!!」
しかし奴は手にしたスイカ割りの棒(のような物)を扇風機の羽ように回して吹雪を防いでしまった。
揺れはどんどん激しくなる。
「いたっ?!」
自然と足が折れた。
・・・ダメだ、揺れが激しくて・・・もう立つことすらできない・・・!!
「はーっはっはっは!! あんどうりんご! 四つんばいになったその姿!! 惨めで、無様で、土下座しているようで最高だぞ!!」
「くっ・・・!!」
「どうだ、悔しいか? 悔しければ反撃しても良いんだぞ、あんどうりんご!! このまま貴様は学校と共に死んでいくんだ。クラスメイトも道連れにな!!」
「・・・くっそぉぉおお!!」
私はこん身の思いで杖を今一度握り締めた。
「パーミテーション!!」
私の全力を込めた必殺の技。
しかし・・・
「はははははは!! どこを狙っている!!」
「っ!」
ダメだ、揺れが激しくて狙いが定まらない。
一体どうすれば良いの?
どうしたら、奴を倒せるの?
・・・お願い誰か・・・私に・・・力を貸して・・・!!
「ファイヤー!!」
「あちちちちっ?!」
私にも一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ただ一瞬、紅い光が目の前を横切ったと思うと、スイカ男の持っていた棒を焼き尽くした。
そして、揺れがおさまったのだ。
「スイカ男!! これ以上、りんごちゃんをいじめる事は」
「ボク達が許さない!!」
振り向くとそこには、羽と目玉のついた紅い帽子を被った金髪の女性と、青いアーマーとミニスカを着用した栗色の髪の女性の姿があった。
・・・何故だろう。
見覚えがないのに既視感がする・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ま、まさか・・・」
数秒の時を経て、ある推測――いや、確信へと辿り着いた。
「・・・もしかしてあなた達、アミティとアルル?!」
そうだ、二人とも私と同じように「変身」して大人の姿になったのだ。
そうに違いない。
・・・でも、なんで?!
「ひ、卑怯だぞ、あんどうりんご!! 仲間を呼ぶなんて!!」
「卑怯なのはどっちだよ!? りんごちゃんを――か弱い女の子をイジめるなんて!!」
スイカ男の抗議にアミティが反論する。
「お、お前は――」
しかし、奴の視線はアミティではなく、何故かアルルへと注がれていた。
「お前――いや、貴女はまさか――い、いや、そんなはずは――!!」
「何をブツブツ行ってるんだよ! サンダー!!」
「ちっ!!」
スイカ男は放たれた雷をマントで防いだ。
「・・・そうだそんなはずはない。お前があの方であるはずがないのだ!!」
「さっきから一体・・・何を言っているの?」
私にはわけが分からない。
「えぇーいうるさい!! こうなたら貴様ら全員、まとめて倒してやる!!」
スイカ男は呪文を唱えた。
「ダークミスト!!」
『!!』
私たち三人、全員息を飲んだ。
辺りの空間が黒い霧で覆われ、視界が遮られたのだ!
「アルル、アミティ、みんなどこっ!?」
「ここだ、あんどうりんご!!」
「きゃっ!?」
視界の端からスイカ男の拳が飛んできた。
・・・ダメだ、下手に声を出すと、敵に自分の位置を教えてしまう!!
「目くらましとは、キミも随分セコイ手を使うね!」
これは、アルルの声だ。
「うるさいうるさい! 勝てればそれで良いのだ!!
お前たちは、この闇の中では無力――そうだろ!」
「ところがそうでもないんだな~♪」
楽しげ、というほど陽気にアミティが言った。
「たとえ闇の中でも、敵の位置が分からなくても、『声』さえ届けば相手の動きを封じられる必殺の呪文が――」
「ボク達にはある!!」
スイカ男の動きが凍りついたのが気配で分かった。
「それはまさか――あの感涙魔法!?」
『その通り!!』
「感涙魔法」とは何の事か私には分からなかったが、アルルとアミティは見事なハモリでうなずいた。
「いくよ、アミティ!」
「うん!!」
「や、やめろー!!」
スイカ男の絶叫が響く中、それにも増す大きな声で、二人は呪文を唱えた。
『ばっよえ~ん!!』
「うぉぉぉ! この言葉の響き、心が洗われるようだ!! うぉぉおッ!!」
その声と呼応するかのように黒い霧が晴れていく。
完全に視界が元通りになるとそこには、ハロウィンのカボチャ提灯の如くくりぬかれた目から大粒の涙を零すスイカ男の姿があった。
「チクショー! 感動のあまり涙が止まらねぇ!! チクショー!!」
・・・何かよく分からないけど、「感涙魔法」とは言葉の力で相手を感動させ、動けなくさせる呪文のことのようだ・・・。
「さぁ、観念するんだ!」
「りんごちゃん、窓空けてくれる?」
「え、あ、うん・・・」
アミティに言われて、廊下にあった窓を一つ開けた。
「これで良いの?」
「オッケー! じゃ、後はよろしくね、アミティ」
「悪い奴は空まで飛んでけ! ブラストビート!!」
彼女は呪文で疾風を巻き起こし、スイカ男を窓から空の彼方へと吹き飛ばした。
「アギャー!! 覚えてろぉぉおお!!」
・・・ベタな、あまりにもベタなセリフを残してスイカ頭の不審者は消え去った。
あっけな!!
ってゆーかアレ、なんだったの?
本当にジュエルモンスターだったのかしら?
今回はジュエルの収穫もないし、なんだか物足りないような・・・。
・・・ま、いっか。
「ありがとう! 本当に助かったよ!!」
「いやぁ、良いんだよぉそんなのぉ!!」
ジュエルモンスターと思わしき不審者が消えたところで、私たちは変身を解いた。
改めてアミティに礼を言う。
「・・・でもまさか、アルルとアミティまで変身できると思わなかったよ! もしかして二人も、私と同じ『不思議な声』を聞いたとか?」
思い出す。
初めて「奴ら」と遭遇した日の事を。
道端に倒れる人々――その中にはまぐろ君も含まれている――とどこおる悲鳴。
火やら風やら雷やら、不思議な力ですずらん商店街を破壊する「化け物」達に、私たちは成す術もなかった。
けれど――
『りんご、あんどうりんご!! あの子達と同じ素養を持つあなたにはこの声が聞こえているはず!!』
突然不思議な声が聞こえ、目の前に、りんごのマスコットが現れたのだ!
『それを、取りなさい!!」
私は「声」に導かれるまま、「それ」を取り、そして現在に至る。
あの時聞いた「あの子達」とは何のことか分からなかったけれど、今なら分かる気がする。
・・・それは、この二人の事だったのだ。
「アミティ達はもしかして、あの『声』の持ち主が誰だか知っているの?」
「え、いや、まぁうん。話せば長くなるんだけど・・・とりあえず、今日はもう帰らない? もう、こんな時間だし」
西の空を真っ赤に染める日を見て、どっと疲れが押し寄せた気がした。
色々気になるトコではあるけど・・・。
まぁ、今すぐじゃなくても良いよね。
明日もあるし。
「うん・・・そうだね。・・・ところで」
この場にいるべきはずの人物が一人いなかった。
私は彼女の名を呼んだ。
「アルルは?」
「アルルなら、『用がある』って言って先に帰ったよ?」
「え、そうなの?」
せっかくだしアルルとも色々話ながら帰りたかったんだけど・・・。
「まぁ、仕方ないよね」
「うん」
とアミティは頷いたあと、寂しそうにこう付け足した。
「・・・何の用事なのかはあたしにも教えてくれなかったけど・・・」
私とアミティ、まぐろ君は一緒に校門を出た。
帰り道まぐろ君と別れた所で、私はもう一度アミティとあの話をした。
「今日は、本当にありがとう!!」
「だから、いいってば!!」
アミティは照れ笑いした。
「私、本当に嬉しいんだ! 今までずっと一人で戦って来たから・・・これからは、ずっと一緒に戦ってくれるんだよね?」
「もちろん!!」
と、アミティは太陽のように明るく笑った。なんだかとても頼もしい。
「あのね、今はまだ、詳しい事は話しちゃいけないんだけど・・・あたしたち本当は、りんごちゃんを助ける為に、この世界に来たんだから!!」
「え??」
――私を助ける為に?
この世界に来た??
「ど、どういうこと?」
「じゃあね、りんごちゃん!!」
しかしアミティは、私の質問には答えず十字路を曲がって行った。
「また明日!!」
その明るい笑顔の前ではどんな詮索も無意味なような気がした。
「・・・うん・・・また明日ね」
こうして彼女も、私の前から去っていった。
・・・今日はなんだか、本当に色々あったなぁ。
それも不思議なことばかり!!
転校生が来たかと思えば、その子が幻の怪獣を連れていたり、私と同じ変身能力を持っていたり・・・。
ジュエルモンスターが訪れる前の、私の日常からは考えられないことだ。
この大変だけれど楽しくて不思議な日々は、いつまで続くのだろう?
全ての発端である、ジュエルモンスターが消えるまで?
アミティは私を助ける為に「この世界へ」来たと言っていた。
それはこことは違う「別の世界がある」という意味なのだろうか?
そしてそれは「ジュエルモンスターを倒す為に」という事なのだろうか?
だとしたら、全てのジュエルモンスターが消えた時・・・。
アルルやアミティもまた、この世界から消えるのだろうか?
「…ジュエルモンスターが消えるのは良いけど、あの二人までいなくなっちゃうのは……………イヤだなぁ…」
夕焼けに向かって一人、ポツリと呟く。
一体何を考えているんだ、私は?
ジュエルモンスターが消えたところで、アミティとアルルまでいなくなるわけないじゃないか!
…心の中でそういう声もする。
しかし――
ジュエルモンスターが消え去れば、同時にあの二人も私の前からいなくなる――
何故だがそんな気がして仕方がないのだ。
「…考え過ぎ、なのかな?」
堂々巡りをしながら道を歩いていると、数メートル先に人影が見えた。
「!?」
私は一瞬、自分の目を疑った。
できれば信じたくなかった。
しかし間違いはなかった。
ハロウィンのカボチャのような顔を持つスイカの化け物――ジュエルモンスターが一人、スイカ男が、そこにいたのだ!
どうやらアミティの風で飛ばされて、ここに落ちたらしい。
よりによって帰り道に墜落したなんて・・・なんという不運!
「・・・しょうがない、もう一度『へんしん』して――」
倒そうと思ったその時、スイカ男の傍らに、誰かが立っている事に気がついた。
漆黒のローブを纏った、栗色の髪の少女――
彼女がタダ者ではない事は、雰囲気で分かった。
・・・なんというのか、彼女からはとてもつよい「負のオーラ」を感じるのだ。
そうそれは、例えていうならまさに「闇」――人間から視界を奪い、恐怖を与える夜の気配だった。
スイカ男は、彼女へ向かって何かを話しているようだった。
・・・この二人は何の会話をしているのか、彼女は一体何者なのか・・・。
それを探る為、私は街角のブロック塀の影から様子を伺うことにした…。
「DA様・・・!!」
スイカ男は、痛む身体をやっとの思いで持ち上げ、眼前に立つ少女を見やる。
「クスクスクス・・・ずいぶんな様だね!」
「ち、違いますDA様!! あ奴だけなら・・・あんどうりんごだけなら倒せたはずなのです!! 仲間が現れるなんて――想定外だったのです!!」
「・・・ふーん?」
少女の声は彼をあざわらうかのように冷たかった。
「で、その仲間ってのはどんな奴だったの?」
「ひ、一人は赤ぷよ帽子を被った金髪の小娘、もう一人は貴女様とよく似た――似た!?」
そこまで言って、彼の言葉は止まった。
「――まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさか!!!!!!!!!!!」
その直後に響く絶叫!
何やら「大変な事実」に気づいてしまったらしい。
「――まさか『貴女』は『おまえ』で、『おまえ』は、『貴女』だとでも言うのですかっ!?」
「クスクスクス――『そうだ』と言ったら、どうする?」
「そんな――我らジュエルモンスターの創造者である貴女が何故、我々の邪魔をするのですかっ!?」
ジュエルモンスターの、創造主? あの少女が⁉ 後姿だけで素顔までは見えないが、私一人で勝てる相手とは限らない。とっとと正面に回って正体を突き止めたい気持ちをグッと堪え、更に二人の様子を観察することにした。
「クスクスクス・・・ボクね」
しかし少女は問いには答えず、ただただ笑った。
「弱い奴は、キライなんだ!」
「・・・そんな!!」
彼は絶句した。
「ボクにはまだ、強力な魔導力を秘めたジュエルモンスターがたくさんいる・・・キミはもう、いらないんだ・・・!」
「そんな、DA様ッ!!」
「せめて苦しまないように消してあげるよ・・・!!」
「ぎ、ぎゃぁあああぁぁぁぁぁあああっ!!」
少女が発した青い炎に身を焼かれ、スイカ男は一瞬にして消え去った。
後にはただ、無垢に輝く宝石が残るのみ。
最初は宙に浮いていたが、力を失うように地に落ちた。
ーーあ!
私は無意識の内に、その宝石を拾おうとしてブロック塀から一歩前へ音を立てて踏み出してしまった。
しまった!
気づいた時には遅かった。
彼女が私の方を振り向いた。
「・・・・・・」
その少女――DAは何も言わず、暗がりの中、不敵な笑みを浮かべていた。
ーーえ?
どうしてスイカ男が絶叫していたのか、私にも少しだけ分かってしまった。私達の町をメチャクチャにしたジュエルモンスターの創造主。その顔は、あまりにも「彼女」にそっくりだったのだ!
「…まさか、ア……」
私の呟きが終わるより早く、その少女は、自ら手にかけた部下の亡き骸――ジュエルを拾おうともせずに、その場から幻影のように消え去った。
彼女が本当に存在していたのか、最早それを確かめる術はない。しかし私の手の中では、悪夢の残骸とでも呼ぶべきジュエルが、夕焼けを反射して薄暗い輝きを放っていた……。
「・・・あ~あ、ザコを始末したのはいいけど、あんどうりんごに顔を見られちゃった・・・。もしかして、正体がバレちゃったかな・・・?」
地球を離れ、自分がいるべき世界に戻って来たDAは、己の愚行を悔いた。
「・・・でも薄暗かったし、きっと人違いか何かだと思ってくれるよね・・・?」
「いやいや~! キミみたいなかわいい子、見間違えるはずないよ!!」
闇しかないこの空間に、DAとは全く違う陽気な声が響いた。
「フフフフ・・・キミは一体、いつからそんなホストみたいなセリフを吐くようになったんだい?」
「ええ~っ!? ホストなんかじゃないよ、本当の事なのに~っ!!」
少女はやはり不敵に笑い、彼の名を呼んだ。
「・・・エコロ!」